●どんな声質だと、聴く人の心が感動するのですか?
その人にとって最もふさわしい声質で歌われた歌こそが、聴く人の心をいちばん動かします。
声練屋は、そう考えています。
その人にとって最もふさわしい声質は、その人にとって最もふさわしい発声法をもちいた時に発せられます。
自分に合っていない発声法では、発揮される能力が減少するからです。
たとえば、100メートルを9秒台で走れる人がいたとします。
さまざま諸条件が整ったとき、最大限の能力が発揮されて、10秒を切ります。
しかし、シューズのサイズが合わなかったとか、台風が来て向かい風が激しかったとか、阻害要因があると、最大限の能力が発揮できません。
11秒とか、タイムが落ちるでしょう。
声も同じです。
自分に合ってない発声法では、最大限の能力を発揮することができないのです。
自分の能力を出しおしみしている人の歌を聴いて、はたして感動するものでしょうか?
しないですよね。
台風が来てタイムが落ちるのは、しかたないでしょう。
でも、シューズが合わないなんて、自己責任です。
応援してくれた観衆に対して、言いわけにもなりませんよね。
ふざけるな、と罵倒されてしまいます。
逆に、タイムなんか15秒台でも、自分の能力をがむしゃらに最大限発揮しようとしているランナーへ、賛辞を惜しむ観衆はいません。
その姿に心が動くからです。
感動するからです。
パンデミック以降、人と人とが向き合い歌を聴く機会は少なくなりました。
録音されたものやらリモートばかりになり、なま歌は激減しました。
そういう死んだ歌は、たしかに楽譜どおり、じょうずに歌った歌のほうが好まれるかもしれません。
しかし歌は、本来、人と人とが向き合って歌い、聴くものです。
その際、聴く人の心へいちばん届くのは声質です。
その歌い手が、自己の能力を最大限に発揮しているかどうか?
如実にあらわれるものが、声質なのです。